2026年2月14日、イタリアのミラノに位置する「アイス・スケーティング・アリーナ」は、耳を突き刺すような大歓声と氷を削るエッジの音に包まれていました。ミラノ・コルティナ冬季五輪のショートトラック競技、その中でも「氷上のマラソン」と称される男子1500mが開催され、世界中から集まった鉄人たちが頂点を競いました。
本記事では、オランダの若き天才イェンス・ファン・ト・ワウトが悲願の金メダルを獲得したドラマチックな結末、そして日本代表の渡邊啓太、宮田将吾、吉永一貴が見せた熱い戦いを詳しくレポートします。
知略と体力が交錯する1500mの舞台

ショートトラック1500mは、1周111.12mのトラックを13.5周する種目です。500mのような爆発的なスピードだけでなく、終盤まで体力を温存するスタミナ、そして目まぐるしく変わる順位の中で一瞬の隙を突く戦術眼が求められます。
今大会の舞台となったミラノのリンクは、高速レースが期待される絶好のコンディション。掲示板には、オランダのレジェンド、シンキー・クネフトが持つ世界記録(2:07.943)と、北京五輪で樹立された五輪記録(2:09.213)が刻まれ、選手たちの闘志に火をつけていました。
日本からは、3度目の五輪となるベテラン・渡邊啓太、次世代のエース候補・宮田将吾、そして高い走力を持つ吉永一貴の3名が出場。世界ランク上位勢にどこまで食い込めるかに注目が集まりました。
準々決勝:世界王者が去り、日本勢が意地を見せる波乱
競技開始直後の準々決勝から、五輪の魔物が姿を現しました。
地元の英雄スペチェンハウザーに沸く会場
第1ヒートには地元イタリアの期待を背負うルカ・スペチェンハウザーが登場。地元の熱狂的な応援を背に受けて力強い滑りを見せ、1位通過。会場のボルテージは一気に最高潮に達しました。
渡邊と宮田の執念、吉永の涙
同じ第1ヒートに出場した渡邊啓太は、ハイペースな展開の中で4位フィニッシュ。本来は各組上位3名が準決勝に進みますが、渡邊は2:12.851という好タイムをマーク。タイム順で拾われる「q(クオリファイ)」により、見事に次ラウンドへと駒を進めました。
第3ヒートの宮田将吾は、韓国の絶対王者ファン・デホンや中国のリュウ・シャオアンといった怪物たちと同組になる厳しい状況。しかし、宮田は動じることなく冷静な位置取りをキープ。終盤の混戦を切り抜け、3位で順当に準決勝進出を決めました。
一方、第4ヒートに挑んだ吉永一貴。オランダの優勝候補ファン・ト・ワウトがコントロールするレース展開の中、最後まで食らいつきましたが2:21.044の4位。タイム拾いの枠にも届かず、惜しくもここで敗退となりました。
中国のエース、リン・シャオジュンがまさかの敗退
この準々決勝最大の衝撃は、世界選手権覇者のリン・シャオジュン(中国)が「No Time」で脱落したことでした。優勝候補筆頭のひとりが姿を消したことで、メダル争いの行方は一気に混迷を極めました。
準決勝:0.001秒を争う「氷上の格闘技」
準決勝は、決勝A(メダル争い)に進める各組上位2名という狭き門を巡り、さらに激しさを増しました。
日本勢2名、同ヒートでの激突
第1ヒートには、渡邊啓太と宮田将吾が揃って登場。日本勢2名が同じ組に入るという戦略的には難しい状況でしたが、両者ともに積極的なレースを見せます。 しかし、ここでショートトラックの厳しさが宮田を襲います。勝負どころでのレーンチェンジの際、他選手との接触が発生。宮田は5位でゴールしたものの、審判のビデオ判定の結果、ペナルティ(PEN)が科せられ失格。初の五輪決勝という夢は目前で潰えました。 同じヒートで粘った渡邊は5位に入り、順位によって決勝B(Final B)への進出を決めました。
救済措置が相次ぐ異常事態
第2ヒート、第3ヒートでも激しい転倒や接触が相次ぎました。カナダの強豪デュボアや、ラトビアのクルズベルグス、中国のリュウ・シャオアンらが接触に巻き込まれながらも、審判の判断により「救済(ADVA)」で決勝Aへ進出。決勝Aが8人で行われる異例の多人数レースとなりました。
決勝:100分の1秒が分けた金メダル
いよいよ迎えた運命のファイナル。
決勝B:渡邊啓太、ベテランの意地
まずは全体順位を決める決勝B。渡邊啓太はここでも安定した走りを披露します。地元イタリアのスペチェンハウザーがトップを独走し会場を盛り上げる中、渡邊は3位(2:34.631)でフィニッシュ。最終的な全体順位を10位とし、日本代表としての意地を見せました。
決勝A:ファン・ト・ワウト、圧巻の戦略勝ち
そして金メダルを決める決勝A。氷上に並んだのは、韓国2名、カナダ2名、中国2名、オランダ、ラトビアという、まさに世界のトップオブトップ。
レースは韓国のファン・デホンとシン・ドンミンが先頭を入れ替わりながらコントロールし、組織的な攻めを見せます。しかし、ラスト2周。それまで中団で息を潜めていたオランダのイェンス・ファン・ト・ワウトが爆発的な加速を見せ、外側から一気にまくり上げました。
最終コーナー、韓国のファン・デホンが内側から猛追しますが、ファン・ト・ワウトは絶妙な進路取りでこれをブロック。
- 1位:イェンス・ファン・ト・ワウト(NED) 2:12.219
- 2位:ファン・デホン(KOR) 2:12.304
その差はわずか0.085秒。オランダに新たな1500m王者が誕生した瞬間でした。また、3位には救済からチャンスを掴んだラトビアのロバーツ・クルズベルグスが入り、母国に貴重な銅メダルをもたらしました。
5. まとめと考察:日本ショートトラックの現在地と未来
2026年ミラノ・コルティナ五輪の男子1500mは、オランダの戦略的勝利と新興勢力の躍進が目立つ大会となりました。
日本勢の評価
日本勢については、渡邊啓太がベテランらしい安定感で全体10位に入り、世界にその名を示し続けました。若手の宮田将吾はペナルティに泣いたものの、準々決勝で見せた冷静な立ち回りは次世代のエースとして十分な資質を感じさせるものでした。 世界との距離は確実に縮まっています。しかし、多人数で行われる決勝Aに残るためには、よりシビアな「接触を回避しつつ前へ出る技術」と「終盤の爆発力」が必要であることも浮き彫りになりました。
大会の総括
ファン・ト・ワウトの金メダルは、オランダが短距離だけでなく長距離でも世界の頂点に立ったことを象徴しています。一方で、ラトビア勢がメダルを獲得したことは、ショートトラックの勢力図がよりグローバルに拡大していることを物語っています。
ミラノの氷上で繰り広げられた1500mの物語。日本人選手たちがこの経験を糧に、4年後のさらなる飛躍を目指す姿に期待しましょう。
【リザルト】男子1500mショートトラック
| 順位 | 選手名 | 国籍 | タイム |
|---|---|---|---|
| 金 | Jens van ‘T WOUT | オランダ | 2:12.219 |
| 銀 | HWANG Daeheon | 韓国 | 2:12.304 |
| 銅 | KRUZBERGS Roberts | ラトビア | 2:12.376 |
| 4位 | SHIN Dong Min | 韓国 | 2:12.556 |
| 5位 | DANDJINOU William | カナダ | 2:12.639 |
日本勢の最終順位
- 渡邊 啓太: 全体10位(決勝B 3位)
- 宮田 将吾: 準決勝 ペナルティ
- 吉永 一貴: 準々決勝 敗退


コメント