冬季オリンピックの花形競技の一つでありながら、そのルールの複雑さから「いまいち仕組みがわからない」という声も聞かれるノルディック複合(コンバインド)。しかし、その実体は「瞬発力のジャンプ」と「持久力のクロスカントリー」という、相反する身体能力を極限まで融合させた、世界で最も過酷かつドラマチックな競技です。
本稿では、2026年ミラノ・コルティナ五輪に向けて、ノルディック複合の基本ルールから、観戦が100倍楽しくなる専門的な視点までを徹底的に解説します。
ノルディック複合の基本構成:二つの顔を持つ競技

ノルディック複合は、その名の通り「スキージャンプ」と「クロスカントリー」を同日に行い、その合計成績で順位を競います。
前半:スキージャンプ(飛躍)
まずはジャンプ台から飛び出し、飛距離と飛型点(フォームの美しさ)を競います。
- 飛距離点
K点(基準点)をベースに、1メートルごとに加減点されます。 - 飛型点
5人の審判が20点満点で採点し、最高点と最低点を除いた3人の合計(最大60点)が加算されます。 - ウインド・ファクター
近年のルールでは、追い風や向かい風の影響を公平にするため、風向きに応じたポイントの補正が行われます。
ここらへんはスキージャンプと同じ評価といえます。
また、ここでのポイントが、後半のスタート順位と「タイム差」に直結するため、ジャンプでのリードは極めて重要です。
後半:クロスカントリー(距離)
ジャンプの結果を反映し、決められた距離(個人戦は通常10km)をスキーで走り抜けます。 ノルディック複合の最大の特徴は、この後半戦の「スタート方式」にあります。
ここが違う!「クロスカントリースキー」との決定的な差

一見すると、後半のクロスカントリーは単独競技の「クロスカントリースキー」と同じに見えます。しかし、複合競技ならではの過酷さと専門的な違いが存在します。
詳しいクロスカントリースキーのルールは「3分でわかるクロスカントリースキーのルール」をご覧ください。
クロスカントリースキーとの違い①求められる肉体の質の違い
純粋なクロスカントリー選手は、極限まで体脂肪を削り、持久力に特化した細身の体型が理想とされます。一方、複合選手は「ジャンプで遠くに飛ぶための爆発的なパワー(速筋)」と「10kmを走り切るスタミナ(遅筋)」という、本来両立しにくい二つの筋肉を維持しなければなりません。
「飛ぶための軽さ」と「走るための筋量」の間で常に葛藤するその肉体こそが、彼らが「キング・オブ・スキー」と呼ばれる所以です。
クロスカントリースキーとの違い②用具とレギュレーション
複合選手は、前半のジャンプを終えた後、クロスカントリー用の用具に履き替えます。 クロスカントリー用のスキーは、踵(かかと)が固定されない特殊なビンディングを使用します。
しかし、複合競技ではジャンプのポイントが前提にあるため、純粋なクロスカントリー競技に比べて、スタート時の心理状態や、集団の中での駆け引きの質が大きく異なります。
クロスカントリースキーとの違い③戦術のメンタルゲーム
単独のクロスカントリーは「一斉スタート」で実力をぶつけ合いますが、複合は「追う側」と「逃げる側」が明確に分かれます。
「後ろから怪物のような走力の選手が迫ってくる」というプレッシャーの中で、先行逃げ切りを狙う選手の精神的消耗は、単独競技の比ではありません。
魔法のルール「グンダーセン方式」の秘密

ノルディック複合を最も面白く、かつ分かりやすくしているのが、1980年代に導入された「グンダーセン方式」です。
グンダーセン方式とは?
ジャンプの得点差を「秒数」に換算し、1位の選手から順に時差スタートする方式のことです。
- 計算例(個人10kmの場合):
一般的に、ジャンプの15ポイント差 = 1分(60秒)の差として計算されます。- 1位の選手:0分00秒スタート
- 2位(1.5点差):0分06秒遅れてスタート
- 3位(15点差):1分00秒遅れてスタート
なぜこの「グンダーセン方式が採用されているのかというと・・・
かつてはジャンプと走りの得点を後で合算して順位を決めていたため、ゴールした瞬間には誰が優勝か分からないという欠点がありました。
しかし、グンダーセン方式の導入により、「最後にホームストレートを駆け抜け、1番にゴールラインを越えた選手が優勝」という、極めてシンプルでエキサイティングな決着が見られるようになったのです。
開催種目のバリエーションと2026年の注目

五輪で行われるノルディック複合には、いくつかのカテゴリーがあります。
1. 個人ノーマルヒル (NH) / 個人ラージヒル (LH)
ジャンプ台のサイズが異なります。
- ノーマルヒル
ジャンプの比重がやや高く、ジャンプが得意な選手がリードを築きやすい。 - ラージヒル
飛距離が伸びるため、ジャンプの失敗が致命傷になりやすい一方で、逆転劇も起きやすい。 どちらもクロスカントリーは10kmを走ります。
2. 団体戦 (Team Large Hill)
1チーム4名で構成されます。全員がジャンプを1本ずつ飛び、その合計点差でリレー形式のクロスカントリー(4人×5km)を行います。チーム全体の総合力が試される、最も盛り上がる種目の一つです。
3. 混合団体 (Mixed Team)
近年のトレンドである男女混合種目。
2026年五輪でも、新しい戦略性が加わることが期待されています。
ここを見ればプロ!ノルディック複合の通な観戦ポイント

ただ眺めているだけではもったいない!専門的な視点を持つことで、レースの緊迫感は倍増します。
1. ジャンプの「ウインド・ファクター」と「ゲート・ファクター」
ジャンプは自然条件に左右されます。向かい風は浮力を生み、追い風は叩きつけられます。 現代のジャンプでは、これらをリアルタイムで数値化し、得点に加算・減算します。見た目の飛距離が短くても、追い風でポイントが加算されて上位に食い込むケースがあるため、画面左上に表示される補正ポイントには要注目です。
2. クロスカントリーの「ドラフティング」
時速30km以上で走るクロスカントリーにおいて、空気抵抗は大きな敵です。 トップを走る選手の後ろにぴったりつくことで、最大20〜30%の体力を温存できると言われています。
- 逃げる選手の戦略
後ろを引き離すために、上り坂で一気にスパートをかける。 - 追う選手の戦略
あえて先頭に出ず、ラストの直線まで脚を溜める。 この「心理戦」と「駆け引き」こそが、クロスカントリーセクションの真髄です。
3. ラスト1kmの「スプリント」
10km走った最後の最後に、時速40km近いスピードでのスプリント勝負が待っています。ここで重要になるのが「スキーの滑走性(ワックスの選択)」と「火事場の馬鹿力」です。渡部暁斗選手など、世界のトップ選手がゴール前で繰り広げる死闘は、見る者の胸を熱くさせます。
【まとめ】ノルディック複合が「キング・オブ・スキー」と呼ばれる理由
ノルディック複合は、まさに「万能の戦士」を決める戦いです。 高く遠くへ飛ぶための「羽」を持ち、雪上を誰よりも速く駆け抜ける「鋼の脚」を持つ。この相反する二つの要素を高い次元で結実させた選手だけが、表彰台の頂点に立つことができます。
特に日本勢は、ジャンプの正確さと粘り強い走りで、世界でも常にトップを争う伝統を持っています。2026年、イタリアの山々で繰り広げられる「キング・オブ・スキー」たちの饗宴。グンダーセン方式の秒数差に一喜一憂しながら、最後のゴールラインまでのドラマをぜひ見届けてください。
ジャンプ後のインタビューで、選手が「トップと何秒差なら行ける」と語る瞬間に注目してください。その言葉こそが、彼らが後半の10kmに懸ける戦略の全てなのです





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